2020年9月20日

【松江石碑】雑賀町「佐々木文蔚君碑」

<写真>

<地図>松江市雑賀町

<説明>

 弘前の人で父は津軽藩の藩医、東京帝大医学部第一期
卒の医学士となり明治12年島根県が県立医学学校設立の
ため松江医院長として招請した。流行病の撲滅、開業医
の指導養成、病理解剖など山陰の医学史に残る功績を残
し、5年の勤務を経て宮城県に転じた。
 明治19年、海軍大軍医補に抜擢され、海軍医学学校教
授、軍艦「金剛」の軍医長を務めた。同24年フランスで
建造した新艦「千鳥」で帰国するも瀬戸内海で、針路を
誤った英国船が衝突転覆する奇禍にあい亡くなった。
 森本文斎らが松江に顕彰碑建立を働き掛けた。
(説明板より)

<建立>

明治27年(1894年)建立(説明板より)

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