2020年9月25日

【松江石碑】灘町「玄丹かよ」

<写真>

<地図>松江市灘町

<碑文>

 お加代は、もと松江藩で鍼医・錦織玄丹の娘。明治維新の
とき窮地にたった松江藩のために、身を挺して活躍した女性
である。慶応4年(1868)山陰鎮撫使い一行は、松江藩が徳川
の親藩であるため、その動静に不信を抱き、更に種々の行き
違いがあって松江藩に3か条の難問題をつきつけ、ために家
老大橋茂右衛門は切腹して謝罪することとなった。藩はこの
対策に苦慮し、松江入りした彼らのいうままであったが、こ
の時これら荒武者を酒席で操縦し、一行の態度を和らげて出
雲女の義侠心を発揮したのが彼女である。白刃に貫いたかま
ぼこを平然と紅唇に受けたとか、幹部に迫って家老のいのち
を助けたなどが伝えられる。
 松江湖城ライオンズクラブは創立30周年に当り郷土を守る
ために、一大事となれば一身を捧げて対処するという行為を
誇りに感じ、玄丹お加代の胸像を白潟公園に建立しその功を
後世に残すものであります。
 昭和初期お加代の事跡に着目し、顕彰したのは永井瓢斎で
ある。彼の脚本によって大阪で芝居が上演され、その収益で
建立されたお加代地蔵は、いまも石橋町光徳寺にある。

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