2020年10月1日

【松江石碑】東出雲町「日本横綱力士陣幕久五郎通高碑」

<写真>

<地図>松江市東出雲町下意東

<説明>

第十二代横綱力士 陣幕久五郎
 第十二代横綱力士陣幕久五郎は江戸時代最後の幕末
随一の強豪力士で、島根県では唯一人の横綱である。
174センチ138キロの筋肉質のガッシリとした体
格で、じっくり守勢に構えたらテコでも動かない堅固
な取口で、殆どケガ負けが無く「負けず屋の陣幕」と
異名をとった。入幕以来、75勝5敗3預り17引き
分けで勝率0.946の成績は古今の大力士の中では、
雷電、谷風、常陸山に次ぐ抜群の超強豪である。又終
生只の一度もマッタをしなかった力士として相撲史上
に輝かしい規範を残している。

「受けながら 風の押手を 柳かふ」

 横綱となって、名を「通高」と称し、戸籍を陣幕久
五郎と定め晩年は「士師通高」と称した。横綱引退後
は大阪相撲頭取総長、勧進元を11年間務め実力者と
して君臨し、大阪相撲を江戸相撲と同格の地位に高め
るなど改革を進め、地方力士の育成、国技館建設の企
画等、相撲の発展と角界の品位の向上を図り、相撲史
上特記される業績を残した。
 陣幕は勤王憂国の志強く、幕末から明治維新にかけ
ての急激な変革と世情動乱の中を、旺盛な覇気と行動
力で生きぬき、岩崎弥太郎・西郷隆盛・清国李鴻章な
ど、政財界、有名人の幅広い人脈を築き交流を深め、
人間的修養を積んだ。
 敬神崇仏の念に厚く、独学で全国各地の社寺仏閣へ
鳥居、玉垣、石燈等の寄進は枚挙にいとまがない。
 51才で相撲界を引退、歴代横綱力士の顕彰、建碑
に専心し、建碑狂と誤まり伝えられるほど陣幕半生の
大事業の実現に没頭した。特に東京深川、富岡八幡宮
に建立した「横綱力士碑」は陣幕65才の時発起して
から8年を要して竣工落成した。巨石碑では日本一と
いわれ、歴代の横綱の呼称を天下に定着させ、今日に
至らしめた功労者である。横綱力士陣幕の風格と大き
さを現す代表的なものである。
 他に明治6年、当地に建立した「日本横綱力士陣幕
久五郎通高碑」「初代明石碑」「二代綾川碑」等々い
ずれもスケールの大きなものである。
 茲に九重親方(横綱北の富士)、陣幕親方(横綱千
代の富士)を迎え、夢とロマン物語「横綱陣幕久五郎
顕彰事業」を記念し、業績を記す。

<建立>

平成3年(1991年)10月28日

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