2020年6月3日

【松江石碑】鹿島町「講武地区農業基盤整備事業竣工記念碑」

<写真>

<地図>松江市鹿島町北講武

<碑文>

講武地区農業基盤整備事業
 竣工記念碑
  島根県知事 澄田信義書

碑文
 ここ講武から佐太にかけての平野一帯は、古くから
農耕が営まれてきた大地である。往時この地を治めた
松平藩は、平野を貫流する講武川の洪水を利用し、講
武城山の肥えた土を下流に流し、湿原を肥沃な耕地に
変えてきた。この川が天井川で下流ほど幅が狭かった
のはその名残でもある。川は平野に大きな恵みを運ん
だが、時にその恵みを一夜にして流す水禍をももたら
した。講武川が氾濫するたびに利害の相反する上下流
の農民は、「切り通し」を舞台にして堤防を切るか否
かで対立してきた。今日の農業基盤整備に洪水防止や
排水改良対策は欠くことのできないものである。この
地を氾濫から守るには講武川の洪水を湯戸に分水する
ことが最善とされてきたが、永年の利害相反の歴史、
下流農民の合意をはばんできた。
 このような状況を打開するため、昭和五十七年六月
講武農業基盤整備事業推進協議会を結成し、これのも
とに講武全地区農民が一致団結の力により難問を円滑
に解決し藩政時代からの壁を乗り越え、さらに、時代
を見据え叡智をもって講武を新しい大地に変えようと
したのである。昭和五十八年に湯戸排水対策事業が翌
昭和五十九年には講武地区全域のほ場整備が始まった。
以来七年有余の歳月と二十八億六千万円の巨費をもっ
て講武川からの湯戸排水路を開き、中川を改修し、一
三九ヘクタールのほ場が完了し、講武地区は水禍のな
い美田に生まれ変わり農業近代化の道がここに拓かれ
たのである。
 これ偏に、国、県、の温かいご指導、ご援助の賜で
あると共に、四百余農家の一致団結と叡智の結晶であ
る。よって、永くこれを記念するためにこの碑を刻む
ものである。

   平成三年五月吉日
      鹿島町長 青山善太郎

事業の概要
一、講武地区県営ほ場整備事業
 事 業 費  18億3600万円
 事 業 量  124.4ヘクタール
 関係者戸数  289戸
 工   期  昭和59年4月~平成6年3月
ニ、湯戸地区県営排水対策特別事業
 事 業 費  8億2700万円
 事 業 量  1725メートル
 関係者戸数  209戸
 工   期  昭和58年11月~平成3年3月
三、上講武地区団体営ほ場整備事業
 事 業 費  1億9300万円
 事 業 量  14.3ヘクタール
 関係者戸数  59戸
 工   期  昭和59年4月~平成2年3月
講武地区農業基盤整備推進協議会役員
 省略
施工業者
(株)豊洋建設
(株)カナツ技建工業

<書>

島根県知事 澄田信義 書

<建立>

平成3年(1991年)5月(碑文より)

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