2020年11月25日

【松江石碑】鹿島町「清原太兵衛紀功碑」

<写真>

<地図>松江市鹿島町佐陀宮内

<説明>

 この石碑は、清原太兵衛が一身を賭して佐陀川開削の
大事業を成し遂げたことを顕彰し、後世に伝えるため昭
和三年九月、清原太兵衛頌徳会が中心となって建設した。
石碑の裏面に記されている文章の概要は左記の通りである。

  概要
 斐伊川が東流(1635~1639)したことにより、宍道湖
周辺はしばしば洪水に襲われ、松江藩はその対策に腐心し
ていた。
 天明に入るととくにその被害が甚大で、同5年(1785)、
清原太兵衛の12回に及ぶ建議を容れ、藩は漸く佐陀川開削
に着手。藩命を帯びた太兵衛は、宿願を適えんと勇躍佐陀
の地に赴き、多くの困難を克服、約3年の歳月を経て完成
に漕ぎ着けた。
 だが、太兵衛は、一ヶ月半後に控えた盛大な川開き式を
前に、それを見ることもなく、同7年11月28日、にわかに
逝去した。翁、76歳の偉大な生涯を終えた。
 その後の佐陀川は、洪水の緩和や新田開発に役立つと共
に、松江と日本海を結ぶ最短航路として、松江を始め周辺
部に文明開化にも及ぶ効用をもたらした。

  平成18年3月吉日
  清原太兵衛顕彰会

<建立>

昭和3年(1928年)9月建立(説明板より)

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